関連病院だより

国立病院機構甲府病院について

国立病院機構甲府病院 院長 萩野 哲男

この度、平成29年4月1日付けで独立行政法人国立病院機構甲府病院の第12代院長を拝命しました。伝統ある病院の院長となり、責任の重さに身の引き締まる思いが致します。誌面をお借りし、同門の諸先生方にご挨拶申し上げます。

はじめに国立病院機構甲府病院の歴史を紹介させていただきます。当院は甲府への歩兵第49連隊の設置とともに、傷病兵収容等の目的で甲府衛戍(えいじゅ)病院として開設され、明治42年4月から業務を開始しています。昭和11年に甲府衛戍病院は甲府陸軍病院となり軍に貢献してきました。その後、昭和20年12月1日に日本国内の陸海軍病院が厚生省の所管となり、国立甲府病院として甲府陸軍病院を引き継いで発足し、甲府市を中心に医療、保健に貢献してきました。昭和61年頃から国立病院・国立療養所の再編成計画が始まり、国立甲府病院の廃止や国立松本病院との統合などの幾多のうわさが浮上していました。当時の幹部の方々の努力により、平成16年に国立療養所西甲府病院と統合し、独立行政法人国立病院機構甲府病院として再出発しています。

私は平成9年に赤松功也教授の命を受け、整形外科医長として国立甲府病院に赴任しました 。当時の甲府病院は山梨医科大学出身の医師はなく、日本大学を中心とした県外からの派遣医師が多くを占めていました。その頃はバブル崩壊後で、景気も悪化し、建物も老朽化し、手術用イメージも関節鏡も古く大変な時代でしたが、まだまだのんびりとしていました。平成 16 年の独立行政法人化後は、新医師臨床研修制度のあおりなどから日本大学の医師のほとんどが引き揚げ、医師数は徐々に減少していました。当院の主な診療機能として国立病院機構が担うべき政策医療である重症心身障害医療、周産期医療、小児医療がありますが、病院の目玉となる特化した医療が必要と考えて、落合聡司先生の赴任を契機に山梨学院大学ラグビー部のチームドクターを手始めとし、院外でのスポーツに関する活動を積極的に行ってきました。平成17年に長沼博文先生が院長に就任された後、関節鏡手術器機の整備とともに、平成 19 年 6 月にスポーツ・膝疾患治療センターを立ち上げました。多くの諸先輩方にご指導頂き、また同僚や後輩、職員の方々に支えられ、徐々に関節鏡手術件数は増加し、開設後 10 年が経過し多くの患者さんに利用されるセンターになり、今日に至ります。現在の国立病院機構甲府病院は山梨大学の医局関連の医師がほとんどを占め、波呂浩孝教授のお力添えにより整形外科医師は私を含めて 7 人体制となりました。

国立病院機構甲府病院 について

これからは競争より協調の時代で、他の医療機関とのすみ分けが必要となってきます。病院の機能分化をさらに進め、得意分野を集中強化し、患者に選ばれる病院を目指していきたいと考えています。進む先には幾多の困難が待ち受けますが、一歩一歩、着実に前に進んで行きたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

国立甲府病院へのリンク
http://www.hosp.go.jp/~kofu-hospital/

富士吉田立病院について

富士吉田市立病院 渡邉 長和

新年明けましておめでとうございます。一富士二鷹三茄子の縁起の良い夢をみた方もいらっしゃったことでしょう。

ここ富士吉田市立病院は世界文化遺産となった富士山の北側に位置し標高800m程の高地にあります。昭和23年に開院し、昭和42年に建設された前病院の老朽化に伴い平成13年に現在の位置に移転しました。病床数は304床(一般250、療養50、感染症4)、リニアックやICU、MRI2 台、ヘリポートなどの施設があり、富士北麓地域の基幹病院です。内科、精神科、神経内科、循環器内科、小児科、外科、整形外科、心臓血管外科、呼吸器外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、放射線診断科、放射線治療科、麻酔科、救急科、リウマチ科、歯科口腔外科の診療科があります。

現在整形外科は天野力郎(2 期生)、渡邉長和(6 期生)、近藤充徳(9 期生)、小林憶人の4名で、天野先生はリウマチ、近藤先生は関節外科、スポーツ、私は脊椎を中心に山梨大学からのローテーターの小林先生とともに 4 人力を合わせて診療に当たっています。平成24年度の手術件数は355件(含局麻 25 件)で TKA47件、THA12件、FHA18件、PFNA47件、ACL7件、脊椎39件(椎弓形成術10件、椎間板摘出9件、固定術9件など)でした。

また、天野先生の座長のもと郡内地区 RA 研究会が毎年開催されています。富士北麓地域は国際観光地で多くの観光客が訪れ、また国内有数の別荘地でも

富士吉田立病院について

あるため、外国人や著名人などもたまに受診します。安倍首相の別荘があることでも北麓公園野球場観客席より妻撮影(2013年11月)7有名です。ゴルフ場や温泉は多数あり、遊園地や、スキー場も近く、三つ峠などトレッキングポイントも日帰り圏内です。富士五湖では釣りだけではなくボートやヨットなども楽しめます。吉田のうどんも有名で、人口当たりの飲食店数は日本一との噂もあります。温泉付きのリゾートマンションから通勤することも可能ですし、いっその事別荘を購入してもよいかもしれません。

素晴らしい自然環境と充実した医療設備を持った富士吉田市立病院で、医局員の方々には一度働いてみてほしいと思います。鳥のさえずりに耳をすまし、富士山を仰ぎ見ながら通勤してみませんか?

富士吉田市立病院へのリンク
http://www.fymh.jp/forms/top/top.aspx

県立中央病院について

県立中央病院 佐久間 陸友

◆ はじめに
波呂教授のご尽力により、私が医局から県立中央病院へ派遣されてもうすぐ4年が経過します。約1年半前から高山先生が加わり現在山梨大学からは2名の医局員が派遣され勤務しています。当院整形外科には私達のほかに順天堂大学の医局から6名、自治医大卒の医師が1名の合計9名で整形外科業務を行っています。

◆ 手術
昨年の当科の手術件数は867件で、そのうち約70%が外傷関連の手術です。特に、3次救急を扱う救命救急センターがあるため重度多発外傷が多いのが特徴です。私が山梨県内でこれまで勤務してきた身延山病院・社保鰍沢病院(現富士川病院)では1年に1回みるかどうかという脊髄損傷、長管骨骨幹部骨折、骨盤骨折、四肢開放骨折もこちらではごろごろとやってきます(ちなみに今年10月の手術は79件で緊急手術は19件でした<開放骨折創外固定 6 件、骨盤骨折創外固定 3 件、Gustilo typeⅠの一期的髄内釘 1 例、軟部組織損傷手術 6 件、小児上腕骨遠位部骨折 3 件>)。このような日々突然やってくる救命救急センターの患者に対応するため、若手5名は2-3か月の交代制で2名ずつ救命救急センターに配属され救命救急科の勤務ローテーションに組み込まれ勤務をしています(ドクターヘリ・ドクターカーにも乗っています)。外傷が多いと、予定手術以外に準緊急手術が多くなるため、毎週火曜日の夕方から手術症例提示と翌週手術の予定表作成、それ以外にも、毎朝8時より前日手術の評価と、作図を用いて当日手術症例提示を行うことで症例の共有を図っています

◆ お礼
昨今の医療情勢・病院の方針による入院期間短縮のため、人工関節などの慢性疾患や大腿骨近位部骨折は術後2週間程度で回復期病院に転院をすすめており、関連病院の先生方にもたびたび転院のご相談をさせていただきこころよく受け入れをしていただいていることをこの場をお借りして感謝申し上げます。

◆ 勧誘
Gustilo typeⅢなどの軟部組織損傷の大きな開放骨折は、緊急で創外固定をたて、その数日後に軟部組織の壊死・感染チェックのため second look をして、それから数日で最終的な内固定になります。一人の患者さんに対して2週間程度で3回の手術が必要になることになりますが、初療対応時に緊急手術から最終内固定までの流れを予測する必要があり、疾患の知識・周術期管理・術前計画・手術準備とスピーディーな対応が求められます。どこの病院に勤務しても、整形外科の多数をしめるのが外傷患者です。その中でも当院でしか経験のできない症例も多いので若手の先生にとってはよいトレーニングになると思います。ぜひローテート研修にきてください。

県立中央病院について

県立中央病院へのリンク
https://www.ych.pref.yamanashi.jp/

峡南医療センター富士川病院について

峡南医療センター富士川病院 大北 弦樹

峡南医療センター企業団は、平成 26 年 4 月 1 日に市川三郷町立病院と社会保険鰍沢病院が経営統合し、それぞれが市川三郷病院と富士川病院に名称を変更し、開設しました。公立病院と社会保険病院の経営統合は全国初で、注目を集めました。共同経営等による医療資源の効果的活用を図ることを大きな目標とし、峡南北部地域全体で切れ目なく必要な医療が提供できる「地域完結型医療」の実現を目指しています。

富士川病院は、病床158床、常勤医師12人(整形外科3人、内科3人、外科3人、小児科 3 人)です。整形外科は、渡邉義孝先生、勝麻里那先生、そして私の 3 人で協力して診療を行っています。

峡南医療センター富士川病院について

私目線で簡単に紹介します。渡邉先生は、院長職に留まらず、病院経営改善に向けて尽力を惜しみません。自宅は遠く、仕事量も増えているのに、診療においても手を抜かず、さらには豊富な知識とセンスを有しており、とても頼りになり安心です。勝先生は、しっかりしているのですが美貌と愛嬌も兼ね備えており、おじさん患者達を手玉にとっている姿をよく見かけたり、耳にしたりします。自分もその一人になっていないかが不安です。

私は、峡南医療センター発足時に赴任して 4 年目の勤務になります。赴任時は様々な問題を抱えており苦労しましたが、現在は先程の安心と不安を抱きつつ、真心のこもった医療を提供できるように心がけています。

外来は、脊椎、関節、手、リウマチの専門医が非常勤ですが診療しており、大学病院に次いで守備範囲の広い病院ではないかと思われます。

手術は、2016年度は677件でした。大半を外傷が占めていますが、関節、手、脊椎の専門的な手術も行っています。当院を代表する特徴的な手術は、高位脛骨骨切り術(HTO)です。これは、渡邉先生が横須賀市民病院で研修をうけ習得し、現在は年間30 件程の HTO が行われています。内反膝で、初期から進行期の変形性膝関節症に対して適応があり、関節温存手術として良好な結果が得られています。関連病院では当院でしか行われていないので、HTO に興味のある患者さんがいましたら、紹介をお願いします。

リハビリ部門では、理学療法士 5 人、作業療法士1人が在籍しています。1 年半前に加わった作業療法士は大学病院で研修もうけており、質の高いリハビリを提供しています。

広い守備範囲と高い専門性をもった医療を安定して提供し、峡南地域の医療の中心として、これからも発展していきたいと思っています。今後とも、ご支援のほど、よろしくお願いします。

峡南医療センター富士川病院へのリンク
http://www.kyonan-mc.jp/fujikawa-hp/

甲州リハビリテーション病院について

甲州リハビリテーション病院 吉田 明史

JRA の施設であるウィンズ石和(JRA とはどんな医療用語の略か?などと考えてはいけません、日本中央競馬会、競馬です、ケイバ)の道路をはさんだお向かいに、甲州リハビリテーション病院があります。そのため、土日には車が大変混雑することもありますが、通常の勤務時間帯では問題ありません。

病院としての歴史は古く、昭和 40 年開設の石和中央病院から始まり、昨年で創立50 周年を迎えました。“心をこめて保険・医療・福祉で地域に貢献”の理念のもとに事業は広がり、介護老人保健施設である甲州ケア・ホーム、特別養護老人ホーム 寿ノ家、介護付有料老人ホーム サンライフ寿、などなど多方面の医療・福祉施設からなる甲州リハビリテーショングループを形成するに至っております。

病院のベッド数 180 床のうち 134 床が回復期リハビリテーション病棟(Ⅰ)とリハビリに特化した病院で、日本医療機能評価機構の通常の認定だけではなくリハビリテーション付加機能評価の認定も受けております。整形外科的には大学を中心とした整形外科専門研修プログラムの関連施設に加えていただいており、リハビリでは日本リハビリテーション医学会の研修施設にもなっております(残念ながら現在のところ県内にリハビリ専門医のプログラムはありません)。整形外科の入院は主に中島育昌先生と私とで担当しており、医局の先生方にも外来診療や当直などで大変お世話になっております。

甲州リハビリテーション病院について<

リハビリはチーム医療といわれますが 、看護部・セラピスト・相談室などの方々にも大変恵まれた働きやすい職場となっております。最近、回復期 リハビ リ病院ではFIM で評価した日常生活動作の改善度が保険診療上のひとつの規準とまでなりましたが、本年 7月から 9 月における当院の実績指数は 45.58 点(実績指数 27 点以上であれば“効果に係る相当程度の実績が認められる”との評価)と大変良好であります。入院患者様は 365 日リハビリが可能で、1 日の最大限である9 単位のリハビリを受けられる方も少なくありません。

大学病院・関連病院をはじめ県内の多くの病院から患者様を御紹介いただいており、大変ありがとうございます。御紹介いただいた御期待に最大限応えられますように頑張ってまいります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

甲州リハビリテーション病院へのリンク
http://www.krg.ne.jp/rehabili/

韮崎市立病院について

韮崎市立病院 神平 雅司

韮崎市立病院(東田耕輔院長)は、 昭和23年、国民健康保険直営峡北組合病院として設立、昭和35年、韮崎市国民健康保険韮崎市立病院と改称され、現在に至ります。当初は、名古屋大学、次に日本大学から医師が派遣されましたが、平成5年4月、山梨医科大学より院長として松川哲之助先生が就任され、この時、同大整形外科医局の関連病院となりました。

現在、病床数 175 床、常勤医師数 13 名(内科 3,外科 3,整形外科 2,小児科 3,脳神経外科 1,眼科 1)。整形外科常勤は、神平(昭和 57 年信州大卒)と小川知周先生(平成 5 年山梨医大卒)の 2 名です。

外来診療は、山梨大学整形外科医局の先生方にご支援いただき、また専門外来として、スポーツ外来(小川先生)、リウマチ外来(小山賢介先生)を開設しており、峡北地区の市民からは整形外科は韮崎市立病院との住民の声を耳にしています。

また同門の先生方からのご紹介により、甲府市、甲州市、富士吉田市など県内広域から患者さんにお越しいただいております。

手術は、ほとんどのものを一人で行い、年間件数は約 250 例(常勤医 3 名の頃は300 例以上でしたが)です。大腿骨頚部骨折を主とする外傷が主ですが、肩腱板断裂、反復性肩関節脱臼、SLAP lesion などの肩関節疾患、膝前十字靭帯断裂などの膝関節疾患に対する鏡視下手術を特色としています。なお肩関節鏡視下手術においては、国内の肩関節鏡視下手術セミナーでインストラクターを務める下川寛一先生(信州大卒)にもご協力頂いております。

韮崎市立病院について

常勤麻酔医が不在なので、気管内挿管による全身麻酔を必要とする手術を行うことはできませんが、鎖骨骨折、上腕骨近位端骨折、肩関節鏡手術などは、超音波ガイド下斜角筋間ブロックで行っています。

リハビリ部門には、すぐれた理学療法士 4 名と作業療法士 1 名が常駐し、医師、看護師、社会福祉士と緊密に連絡を取り合いながら、効率的なリハビリテーション診療を実施できています。

病院自体は大きな施設ではなく、近代的なものではないですが、そのために患者さんと職員の間の距離が近く感じ、温かみを感じる病院であると患者さんからは評されています。

また、レトロな施設であるが故に、テレビドラマの撮影現場として使用されることもあり、私もサスペンスドラマ「おとり捜査官・北見志穂(蟹江敬三さん遺作)」に出演および医事監修させて頂きました。

韮崎市という地は、地味な印象がありますが、最近ではノーベル医学生理学賞受賞の大村智博士で脚光を浴びています。大村博士が絶賛される韮崎に見る風景は、見事であり、われわれに癒しを与えます。

甲府市方面からの通勤距離 は15~20km、自動車で20~30分、ロードバイクで50~60分と、自転車通勤にちょうどよいロケーションです。

今後とも韮崎市立病院をよろしくご支援のほど、お願い致します。

韮崎市立病院へのリンク
https://www.nirasaki-cityhospital.jp/

県立あけぼの医療福祉センターについて

県立あけぼの医療福祉センター 木盛 健雄

当センターは昭和34年甲府市羽黒町に開設された肢体不自由児入所施設あけぼの学園に端を発します。児童福祉法と障害者総合支援法により ①医療型障害児入所施設 ②療養介護入所サービス(18歳以上) ③医療型児童発達支援センター ④生活介護通所支援サービス ⑤障害者支援施設 からなる複合施設です。従来の肢体不自由児施設と、重症心身障害児(者)施設は H24年の法改正で両者とも「医療型障害児入所施設」となり、①と②で85床、これに外来からの整形外科手術や小児科緊急入院のための3床、短期入所8床、親子入所2床の計98床です。整形外科は多くが2歳からの対応ですが、当センターでのリハビリテーションが終了する中学校進学以降も、外来でのフォローは継続されます。

1.外来は脳性麻痺・脳炎後遺症が多く、その他染色体異常・二分脊椎症・筋ジストロフィーなどが様々です。リハビリテーションに際しての整形外科的チェックが最初となります。定期診察は診察室以外にリハビリテーション室での様子も見ます。他に下肢の形態・歩容異常の相談などで受診されます。なお、以前は DDH、先天性内反足の加療も行っていましたが、最近は市町村の一次検診後の二次検診を行い必要なら大学で加療をお願いしています。

県立あけぼの医療福祉センターについて

2.毎週月曜日の午後は主に下肢装具、水曜日の午後は車いすや座位保持装置などの処方と適合判定を行っています。

3.手術は平成 18 年から約 2 年間木盛が東京都の南多摩整形外科病院で研修させて頂き、脳性麻痺に対するスタンダードな手術が導入され、機能的改善が得られるようになりました。対象の多くが痙直型脳性麻痺で、筋緊張緩和を目的とした筋解離術を中心に行い、経過をみながら骨切りなどの骨性手術も行います。大学からは若生先生に出張して御協力いただいています。

4.重症心身障害児・者の全身状態には著しい麻痺性脊柱側弯症をはじめ四肢の変形拘縮など、運動器の障害が大きく影響しますが、取り組みはいまだ大きな課題です。県内では早期から導入したボツリヌス療法も単独では効果が見込めません。

5.隣接の支援学校の学校医として、地域療育支援事業として保育園や施設、重症心身障害児者の家族からの相談をうけ、リハスタッフや福祉関係職員とともに訪問もしています。本県では、成人以降の訪問で初めて整形外科的対応で改善の余地があることを知る方も少なくありません。このほかにセンターから足が遠のきがちな学校卒業後の状態把握も重要な課題となっています。

かいつまんでご紹介しましたが、療育施設では障害児者の医療において他職種と協同することが経験できます。是非一度お出で下さい。最後に、種々の制約から当センターでは対応困難な場合に、大学をはじめ各関連病院に御協力頂き、深く感謝申し上げます。これからも宜しくお願い申し上げます。

県立あけぼの医療福祉センターへのリンク
https://www.pref.yamanashi.jp/akbn-iryo/

北杜市立甲陽病院について

北杜市立甲陽病院 長澤 晃樹

甲陽病院は、昭和23年に「秋田村外7ヶ村国民健康組合山梨甲陽病院」として開院し、平成18年3月新北杜市の発足とともに「北杜市立甲陽病院」として新たに歩みだした自治体病院です。許可病床数122床(一般86床、療養32床、感染症4床)、「やさしく親切に、地域から信頼される病院づくり」を目標に地域の中核病院としての役割を担っています。

北杜市は、山梨県の北西部に位置し、人口は約4万8千人。平成16年に7町村が合併して北杜市が誕生し、更に平成 18 年に小淵沢町が合併し今の形となりました。北杜市内には当病院のほか旧須玉町域に北杜市立塩川病院があります。広域な北杜市内において離れた場所に市立病院が2つあることは医療サービスの向上につながっています。

当院はすぐ近くに八ヶ岳を臨む風光明媚な環境にあり中央道自動車道・長坂 IC から約 600m、JR中央本線の長坂駅から車で約5分(1.9km)の場所にあります。八ケ岳南麓エリアには数多くの観光地、自然名所(マイナスイオンがいっぱいです)などがあるため県内外からの観光客、林間学校・部活の合宿など学校行事の児童・生徒、また県外から自然の中でゆっくりと暮らしたい移住者、さらに週末などを過ごすいわゆる別荘族の方々など地元以外の患者さまが多いのが当院の特徴です。別荘の方は木工・日曜大工などの手作業をする方が非常に多く、そのため手の外傷の患者さまも数多く来院します。当院は標高約700mにあり甲府盆地内と比較し一年を通して3~5度気温が低く、病院周囲に雪はあまり降りませんが清里エリアなどさらに高地では降雪が多く、八ケ岳おろしが吹くエリアでは積雪後翌日には凍結してしまう自然条件であるため、一雪降れば10人位は転倒による骨折の患者さま(今年の大雪後には橈骨遠位端骨折だけで約15名)が来るような地域性があります。

北杜市立甲陽病院について

当院の常勤医は平成26 年 3 月末までは外科医3 名、脳外科医 1 名、そして整形外科医 1 名の計 5名のみでしたが、今年4月から念願の内科医が1名赴任(県境にある隣町の富士見高原病院から循環器Drがいらっしゃいました)、さらにこの 5 月に北杜市立塩川病院から整形外科医1名が加わり常勤医が7名(なんと1.4倍増!) となりました。

ここで当院へ整形外科医として赴任してきた安富先生の紹介をさせていただきます。安富隆先生は昭和61年三重大学医学部を卒業後、信州大学整形外科に入局されました。日本整形外科専門医、手外科専門医、リウマチ専門医であり前職である北杜市立塩川病院に約17年間勤務していて、約5年前から当院の整形外科外来を週1日(以前週2日の時もありました)担当していただいていましたが、この度山梨大学整形外科の同門会の会員となり当院へ異動となりました。今後整形外科常勤医が2名となったため救急・時間外対応がより可能となり、また内科常勤医(まだ一人ですが)が着任したことにより御高齢な患者さまも受け入れやすくなったため、外来・入院患者数の増加、それにより手術件数の増加することが予想され、山梨県北西部の砦としての病院の役割を今まで以上に担えると思っています。最後に常日頃から波呂教授をはじめ山梨大学付属病院の先生方、また関連病院の先生方には大変お世話になっております。今後ともよろしくお願い申し上げます。

北杜市立甲陽病院へのリンク
https://www.city.hokuto.yamanashi.jp/docs/1238.html